2015年10月15日木曜日

言葉の壁にぶつかって思うこと

留学してちょうど1カ月強経ちました。
思ったより高い壁が英語。

持ち前のお気楽さでどうにかなるだろうと思ってましたが、
頑張らないとどうにもならなそうと身にしみている今です。

一番大きな理由は学んでいる内容が簡単ではない、
ということに尽きると思います。

日本語でも知らない概念をゼロから英語で学んで理解できるかどうかは、
語学力が直結しているとつくづく実感しています。
修士課程をなめてはいけないなと思いました。

現状の自分の英語能力を感覚で計ると、

読み:同じ文献読むのにネイティブの3倍〜4倍かかる。
書き:エッセイを書く際のフォーマルな単語は辞書をひかなければいけない
聞く:講義の理解は8割。
   途中でクラスメイトから飛んでくる質問内容の理解は4〜5割。
   普通の会話の理解は7割。
   訛りのある英語の理解は0〜4割。
話す:自分の思っていることはニュアンスまで大体伝えられる。
   ネイティブ同士の会話に対等に参加するのはかなり難しい。
   話すスキルの不安よりも理解力の不安から発言をためらうことが多い。
参考までに、今まで受けたテストはTOEFLが95前後、IELTSが7。

今疑問なのは、ネイティブになれることは一生ないとして
第二言語はどこまで獲得できるのか?

今登っている階段がとても高い気がしています。
成長曲線のように、ずーっと下積みを終えていきなりキュッとあがるイメージ。

あとは何となくですが、自分の日本語レベルや知識レベルも関係ありそう。
日本語で論文読んで理解できないなら、英語で読んで理解できないのは、
語学力よりも読解力の問題。
そして読解力は自分の持っている背景知識にも大きく影響する。
だから語学力だけではなく、背景知識等もつけていかねば。

定期的に自分の語学レベルの変化を計りたいです。


現状において気をつけたいのは3つ。

1 できないからこそ英語を使いまくること
 コンプレックスを持つとできるだけそれを避けようとしてしまいますが、
 英語コンプレックスは向き合い続けなければいけないものなので、
 早く克服するためにできない英語を使いまくることがとても大切。
 
 言語ができないときに基本的に恥ずかしい思いをするのは自分だけなので、
 自分に負けないことが一番大切。
 さぼらず地道に取り組むしかない気がします。

2 言語評価と自分評価を結びつけないこと
 言語がうまく使えないことは意思疎通がうまくできないこと。
 特にアカデミックの世界は基本的に言語を使って批判的に意見交換し
 深い示唆を得るプロセスなので言語ハンデはかなりの痛手。

 授業で議論に参加できなかったり、教授の言っていることが分からないと、
 その場の自分の存在意義がないように感じてしまうことも正直しばしば。

 しかもその自分が本当の自分だと
 他のクラスメイトに思われているだろうから、かなりストレスフルです。
 かなり悔しいです。あぁーーーという感じ。

 負のサイクルに落ちいらないように、
 この状態を自己評価に直結させないようにしたい。

3 言語を使わないで自分が出せる存在価値や個性を見つけること
 言語に不自由になって
 自分への信頼や自信は言語に頼っている部分が多いのかもしれない
 と気づきました。

 けれど大きな視点で見てみると言語に得意な人だけではないことに気づく。
 そうなると自分の存在価値は他のところで出せるのではないかと思ってます。

 周りに常に気を配れる人であること、
 物事に対する真摯な姿勢、
 常に挑戦し自分や周りに良い影響をもたらすこと、
 等は、言語がうまく使えずとも出し得る自分の存在価値。


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