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2017年7月18日火曜日

ヨーロッパのまちづくりが日本にそのまま当てはまらない理由

20177月に友達と45日で環境都市(特に交通政策を基幹としたまちづくり)として有名なドイツのエアランゲン(Erlangen)・フライブルグ(Freiburg)とフランスのストラスブール(Strasbourg)に行ってきました。

現地での講義は、高松平蔵さん@エアランゲン、Innovation AcademyHongさん@フライブルグ、市役所交通課のベルゼさん@ストラスブールにお願いしました。当日はスライド等を使って現在の取り組みだけでなく、それを可能にした歴史的、社会的背景や取り組みの効果等も詳細に説明してもらいました。(高松さんとInnovation Academyは随時視察を受け付けているようなので、興味あったらぜひご連絡をしてみて下さい)

結論からいうと、「目に見えている表面的な取り組みだけを日本に持ってきても上手くいかない」ということだと理解しました。なぜなら、それが可能になったのは、根底にある人々の価値観、コミュニティの成り立ち、そして地方分権によって培われた都市の自治が大きく影響している印象を受けたからです。

(以下、相当な長文になります)

l   教養市民の存在と蓄積された自治力@ドイツ(高松さん講義)

19世紀の工業化により都市への人口集中が起き様々な社会問題が発生するなかで、秩序を保つために必要とされた都市政策やマネジメントが必要となり、その役割を大きく担ったのが都市官僚と教養市民らしいです。この時代には各都市に憲法(住民の権利などを記したもの)、法典、裁判制度の原型となるようなものも出来たらしく、これらが後世に明文化して伝えられる都市の「物語」の基盤となったらしいです。

さて、都市間での交易が盛んになるにつれて各都市が「われわれのまち」というアイデンティティを強く持ち始めました。その「らしさ」がまちづくりでも大きな役割を担ったらしいです。「教養市民」という言葉はかなり抽象的ですが、私が思うに「文化的そして社会的な教育を受けていて、コミュニティにとって何が善悪なのかの区別がついた市民」のことだと思います。よって、都市官僚と教養市民が中心になったまちづくりでは、どのような社会インフラ、産業、そして文化を育むかについての共通認識が高い「教養」レベルで擦り合わせがとれていたらしいのです。


l   まちづくりにおける社会的・文化的・経済的なバランス

そもそも三都市において共通している交通政策は、中心地への車の乗り入れを禁止しトラム(LRT)を導入することでした。引き金となったのは1960年代の経済成長とそれに伴うモータリゼーションによって生まれた弊害に対する危機感。1970年代には環境問題やコミュニティの分離に対する運動が起こりました。それから都市の過去の物語の再発見への意識も高まり現在の都市はその上に構築されるようになります。例えば以前からまちの中心であった教会の周りは駐車場という土地使用ではなく、人が集う場所にしようということで車の乗り入れが廃止されました。そして人が集うことは結果的に経済的効果ももたらします。このような意思決定の際に、環境的な要因だけでなく、社会的、文化的、経済的要因がバランスよく考慮されている印象を受けました。

友達と話していて面白かったのは、日本だとまちづくりの際に経済的価値に一番の比重がおかれがちで、社会的、文化的価値が軽視されがちだということ。一方で例えばストラスブールの話だと、トラム経営は数字だけみると赤字だが(運賃収入53%, その他収入4%, 補助金や企業への地方税43%)、環境的、社会的、文化的ベネフィットを合わせると継続する価値があるという風に認識しているように感じました(はっきりとはおっしゃっていませんでしたが)。確かに中心地にいってみると、その活気と心地の良さに「なるほど」と思いました。

ストラスブールのノートルダム大聖堂前の広場。数十年前は車中心の広場になっていたが、今は人通りが絶えない場所に。 


ノートルダム大聖堂の上からの眺め。


l   「場」を大切にする価値感

日本では何か(イベントを)しないと人が集まらないと思いがちですが、こちらでは居心地の良い場であれば人が集まってきます。ヨーロッパでは芝生に人が寝そべっている光景をよく見ると思います。この「居心地の良い場」は多目的用途として使われています。ある日は人が集まりリラックスする場であり、ある日は政治キャンペーンやデモに使われたり、また違う日はNPO集会や活動の場になったり。その場の存在が市民の生活の質を高めるという共通認識があるようです。

だからこそ、人が集まれる場を車の駐車場にしてしまうのでなく、社交の場として残しておこうという意思決定が働いたようです。これは芝生のような公園の場所に限らず、劇場やミュージアム等も同様です。例えばエアランゲンは人口10万人強の都市ですが劇場が5つもあります。その金銭的運営には企業がスポンサーとして関わっています。その背景には、生活の質が高い都市には質の高い人材が集まってきて、それが企業のハイパフォーマンスにつながるという好循環ループが働くようです(高松さんのクオリティ・ループより)。

面白かったのは、日本は機能的にまちづくりをするが(例えば、線路を最初に引いて、その周りに人が集まるようにまちをデザインしていく=効率性だけを考えてまちをつくっていく)、こちらは人がもともと集まっている場の価値をどうあげていくか(人を場の中心におく)を大切にするということです。

エアランゲンの中心 にあるイベント広場に仮設されたビーチでリラックス。このイベント広場の用途も市民間での議論で決められたそう。


エアランゲンの中心地には車がいないので、道が広く見えて歩く時もとても気楽。


l   市民社会の成熟と行政とのパイプラインの強さ

最初に「教養市民」の存在にも触れましたが、フライブルグで見学に行ったVauban地区はフランスの軍事基地の跡地に住民が参加してつくられた環境地区です。トラム電車の導入から始まり、エネルギー効率の良い環境住宅(Passive housing)、カーシェアリング、クラインガルテン(共同菜園)、コンポスト、公共空間のデザイン等を住民参加で行いました。

地区の歴史を学びながらアイディア出し、だんだんと絞って中心のコンセプトを決めて、どうしたらそれが可能なのか、誰と協力すればいいのかを話し合っていくそうです。計画の実現については行政が全面的にバックアップをし、中心のコンセプトが決定した後は更なる議論と多少の変更を重ねて最終案に仕上げていくようです。

Hongさん曰く、住民は皆議論することに非常に積極的だと話してくれました。また議論が身の丈になるように、実際に車を一人一台所有する際の必要な土地面積や、一人平均あたりの牛肉を消費した際の土地使用面積を実際に計算して、自分たちの行動スタイルを変えることがどう土地利用可能面積や資源消費量に影響を与えるかを考えたりするそうです。

フライブルグのトラム。 


フライブルグのVauban地区の共同菜園。色んな種類の野菜が育てられてました。 


フライブルグのVauban地区のエコハウス。緑がいい感じで心地よかった。


l   日本に持って帰る前に

以前に携わった仕事で、住民参加でマスタープランづくりを進めた経験と比べると、日本にこのまま「やることリスト」を描いて持って帰っても上手くいかない気がしたので、その理由を書き出したのが上記になります。

下記のポイントをどう日本の文脈に置き換えるかが重要な気がします。逆説的に言えば、今まちづくりが上手くいっている自治体は下記ポイントを上手く自分たちの文脈に置き換えることができているのだと思います。

1.    まちのアイデンティティ
2.    コミュニティとして、個人として何に価値を置くのか
3.    市民間の意思決定プロセス
4.    行政の自治力
5.    行政や企業など多様なステークホルダー間での共通目標を設定

2017年3月26日日曜日

週末にホームステイ@Bungay

3月中旬にHOST UKというボランティア団体をとおしてイギリスの田舎に2泊3日(金曜午後〜日曜午後)でホームステイしてきました。LSEにいながらイギリス人との交流が少ないので彼らの暮らし方やライフスタイルは興味がありました。

International Studentsを対象に、日帰りまたは2泊3日のホームステイがコーディネートされてます。アプリケーションプロセスで興味にあったホストをコーディネートしてくれます。私は田舎や自然が好きと回答したのでBungayというLondonから列車を北東に2時間走らせた場所が滞在先になりました。

幸いにも雨は2泊3日中ほぼ降らず、曇りのち時々晴れでした。まち全体が古き良きレンガと石づくりの文化を保存していて歴史を感じさせる街並みでした。


何世紀にもわたり教会だった建物の敷地には桜がとても綺麗に咲いていました(今はコミュニティセンター)。17世紀に建てられたお墓は時の流れを感じさせます。(保存に莫大なお金がかかるそうですがそれ以上の価値はある気がします。)



ホームステイはアメリカ人の女の子も一緒で(ロンドンの学生)、彼女も自然や植物に興味があるということで土曜日はNature Conservation WetlandとConservation Forestsに連れていってもらいました。ホストマザーのお友達のおじいちゃんも一緒で地形や植物の解説つきでした!

湿地に横たわり生きている木の形とコケから感じる年月。

異国で桜を発見すると懐かしい気持ちに。

芝生と落ち葉の絨毯が醸し出す雰囲気は絶妙。

ホームステイは久々の贅沢な時間でした。特にここ1ヶ月はLSEの大きなグループプロジェクトで常に追われている感じだったからですが、久しぶりに人間らしい文化的な過ごし方をした気がしました。PCを持っていかない決断は正解でした。

まず夕飯の前からワインを飲みながら、お互いの国こと、普段の生活のこと、興味あること等を1時間ぐらい話し、そのあとにダイニングに移動して2時間ぐらいまたゆったりと食卓を囲んで話しました。家族のこと、お互いの国の教育システムや政治システムから今まで行った旅行の話しなど純粋に会話を楽しみました。

夕食後もリビングに移動して久々のboard game。

祖父母の世代から受け継がれたアンティークが家中(ダイニング、寝室、階段、バスルームにも)に置かれており、普段とは全く違うリラックスするための「家」という空間も非常に癒してくれた気がしました。消耗品ではなく、世代を超えて受け継ぐアンティークを揃える姿勢が素敵。本物は年月を超えても色あせないなぁと。

ホストマザーはおそらく70代で、1人でこの家に住んでいたのですが、私たちのような孫のような世代を心を込めてもてなしてくれたことに感謝でした。そして日本やアメリカの事情にもすごく興味津々で、 いつになっても衰えない探究心&勉強熱心な姿勢にも教わること多かった。

余生はこんなおばあちゃになりたいなぁ、、と自分の余生に新たなイメージが加わりました。




2017年1月31日火曜日

Inclusive Prosperity

今日はLSEのPublic Lectureでシンガポール副大統領のTharman Shanmugaratnamの講演を聞いてきました。LSEの卒業生らしいです。

簡単にまとめを書いたのでもしよかったら。

簡単な感想:内容がとても濃かった。自分の言葉で話している印象で、話し方が落ち着いていて非常に分かりやすかった。あとは主張が理論、彼の実践からの学び、信念が上手く組み合わされていて説得力がありました。

あとは参考までにここに彼の2015年当時のインタビューがあり、コアの主張は変わってないので興味ある方はぜひ。

<Convergence>
  • Convergence of living standard has been expected over decades especially between developing and developed countries. It is generally measured by productivity level or income level of countries. However, these indicators over decades demonstrate that our expectation is not always the case. 
  • For example, China’s productivity used to be 1/25 of that of USA. 30 years ago, however, it is currently 1/4, which is a successful case. On the contrary, India and Latin American countries haven’t been successful in catching up developed countries in these indicators.

<Social Mobility>
  • Other important indicator is social mobility, which illustrates rather mobility of social status (e.g. income level, education level, gender, ethnicity, etc) than physical mobility. This has become very low recently.
  • For example, it’s not common anymore that income of children surpasses that of parents.
  • When social mobility becames low, the identity of ‘we’ that was formed after WW2 is forced to be modified to ‘us’ and ‘them’. We never interact across social status.
  • This actually generates elimination, exclusiveness and anti-multi culturalism.

<Technology and Dispersion>
  • Although globalism seems the centre issue of exclusiveness/elimination, the impact of technology is getting in-negligible.
  • It’s not technology that brings about issues, but how we react. This is usually determined by domestic policies including both national and local levels.
  • Frankly speaking, dispersion within countries is generated by domestic policies.
  • In order to shrink this dispersion, we need a social democratic model, which required different approach from the conventional way of redistribution. We need ‘regeneration’.

<Focus Points>
  • Education: Egalitarian education actually results in in-egalitarian results. Bespoke education will be more in demand for the future. We need of bright professors in universities, of course.
  • Innovation and Technology: To adapt yourself to innovative and technological society (or for society to adapt the trend), continuous leaning is critical. Education is not only for young people, rather for everyone (including old people). A problem is how we provide education for everyone. Especially, in the field of technology, practice is more important compared to the conventional education. One idea to put it into practice is community learning.
  • Social Partnership: They implement quite special housing scheme. This policy is original to Singapore and focuses on neighbourhood community and mix of ethnicity (have quota for ethnicity). There are more advantages for this policy up until now.
  • Trade Openness: It is actually driven from supply side rather than demand side. In order to take advantage of trade openness, we have to keep improving productivity. Collective responsibility makes law being enforced into practice. An essential core is personal and family responsibility, which is a small piece in the society but forms a social market when they’re compounded. We have to contribute to public goods through individual responsibility.

<Other points>
  • One of the mechanisms to trigger ‘U.S. Election/Brexit’ is that while benefits from globalisation are well provisioned, its cost is concentrated on only certain places.
  • Finance sectors has been overwhelming the economics, but now it has been gradually overtaken by technology sectors. A lot of jobs in the back office of financial sector are being substituted by technology.
  • Some African countries are stagnated in the vicious cycle of development, partly sue to abundant natural resource (=resource curse). In order to combat the situation, they should implement inter-generational view so that they plan the use of the resources over generation for the future development. Furthermore, transparent governance should be ensured.
  • Friendship and interaction are critical for multi-culturalism.

追記:こちらからPodcastを聞くことができます!

2017年1月22日日曜日

Technology × Idea

今日は縁がありRoyal College of Artの展覧会に行ってきました。

Royal College of ArtはPostgraduate以上を対象とした美術大学@South Kensingtonにです。Art&Design分野における世界ランキングは2015年から2年間連続で1位を獲得している名門美術大学です。

今回の展覧会は在籍学生の作品の途中経過展示会でした。

「Art」というより「Art & Design」でした。「これできたら面白いよね、画期的だよね」というアイディアにArtやTechnologyの観点から取り組む感じです。システムの構築を考える作品もあればプロダクトを提案する作品もあり、何のデザインにするかは幅広いです。

Social Businessは社会課題をBusinessを使って解決しようとする試みですが、そのSocial Art, Social Design, Social Technologyという印象。ただ展覧会全体としては社会課題に限らないIssueやDesireを扱っていました。

分かりやすいプロジェクト例をあげるとこんな感じ。

  • 家庭からの食品廃棄の問題:
    主な原因は、買いすぎと食材管理。携帯アプリをスーパーと連携して開発。買い物レシートをアプリに読み込むことで、購入食材とその消費期限を登録。アプリが消費期限が近い食材を知らせてくれ、それを使った調理メニューと買うべき食材を提示してくれる。

  • 糖分の超過摂取:
    肥満は深刻な問題。スプーンの形によって同種同量のスイーツを食べてもより甘く感じることができる。(理由は良くわからず。舌の細胞の位置の問題なのかな??)なので適切なサイズと形のスプーンを使うことでより甘く感じられるので糖分摂取が押さえられる。

  • 繊維開発:
    これはヒートテックをはじめファストファッション業界で技術の恩恵を感じているところですが、繊維の素材や編み方の開発で収縮機能の大幅な向上が可能。なので将来的にはOne fits all sizeの服が開発される。

他にも考えたこともないような面白いプロジェクトたっくさんありました!!プロダクトデザインや展示方法もおしゃれで視覚的に非常に勉強になりました。

こういう思考方法は今後ますます潮流になっていくだろうと思います。今回の作品はArt&Designの観点からでしたが、これがビジネスや政策分野と結びついたら、考えたことないような面白い取り組み生まれてきそう。


2017年1月19日木曜日

This Changes Everything

先日ドキュメンタリー映画「This changes everything」をThe Hiveというロンドンのコミュニティスペースでみてきました。空き物件を改装してコミュニティスペースにしたそうです。

ドキュメンタリーを見るために100人以上は集まっていました。椅子と床に自由気ままに座ったり寝っ転がったり、綺麗なわけではないのに、とても居心地の良い雰囲気があり、場の持つ力を感じました。

さて映画自体はClimate Changeにどうコミュニティーが立ち向かっていくかという姿を、イギリス、カナダ、アメリカ、インド、中国等でのコミュニティリーダーへのインタビューや彼らの活動をとおして描いています。

Climate Changeは北極グマの問題ではなく(どこかでおこっていることではなく)、私たちの身近におこっていることで、それを解決する力は私たち一人一人が持っている。小さなアクションをおこすことから始まるという可能性を描いています。

興味ある方はこちらがウェブサイトです。

まとまりないですが、思ったことを幾つか。

◎ 地球と人間の関係をどう捉えるか
「The earth is a machine and we human are masters」、地球は人間が自在に操れるもの(機械とエンジニアの関係を例えて)と私たちは思っていた ー という冒頭のセリフ。欧米は自然は征服する対象、東洋は自然は共存する対象とみるいう自然観を彷彿させられました。(欧米、東洋と一つにくくってしまうのはナンセンスだと承知の上ですが、分かりやすい例えなのでそのまま使います)

◎ 長期の影響を予測する難しさ
温暖化問題。18世紀の産業革命から急速に工業化が発展して生活が豊かになり始めた時、誰が排気ガスが温暖化効果ガスに将来なると考えられたでしょうか。同様のことが原発にも言えるのではと思います。

今は安全だと思われている技術(再生可能エネルギーとか)が、5年後ぐらいに実は非常に危険であったりとてつもない外部不経済を生み出す可能性は全く否定出来ません。しかし、当時の技術の発明や適用自体を遡求するのはお門違いの話で、その可能性に気づいた時にどんな意思決定とアクションを取れるのかが非常に大事になってくると改めて思いました。

◎ ロジカルであればなんでもいいのか
映画の途中に温暖化懐疑派の国際会議の様子があり、「If you want to protect trees, use more woods so that we plant more trees!」という発言があり会場では皆が爆笑しました。でも実際は一理ありますよね。市場原理を突き詰めた理論で、木の需要がある限り木の供給(植林)は永遠に続くということ。

でも実際の現場で問題になっているのは過剰伐採による生態系への影響や、伐採後の植林計画等の維持管理の問題。そしてそれは市場原理で解決できない問題です。でも自分がきちんと理論を身につけていないと、一瞬ロジカルに聞こえる怖さがありました。

おそらくロジックは如何様にでも作れてしまう。だからこそ、それを否定できる知識を身につけていないと、間違った意思決定に追い込まれる可能性は十分にあるなと思います。特に多様性に富んで共通認識がない場こそ、ロジックが全てになりますよね。(イギリスに来てより感じること)

◎ 非暴力、不服従
ガンディーのイギリスからの独立運動の抗議スタイルを彷彿させられました。特にインドのデモの様子で、石炭発電所に行こうとする従業員の車の前に市民が道路を遮るように立ちはだかり、「発電所を稼働するのであれば私たちを引いていきなさい」という場面。

見ながら自然と涙が出ました。自分でもなぜだか分かりません。圧倒的に不利な立場の市民(戦う武器もないし、お金もないし、社会的地位も圧倒的に低い)が身体一つで立ち向かう使命感に凄みを感じました。

カナダの場面も同様。圧倒的不利(最初は一緒に戦う仲間もいない)な立場の人たちが一人でも立ち向かう原動力はどこから生まれてくるのでしょうか。

圧倒的な使命感。

カナダの事例では「先祖代々が守ってきた土地」という事実が彼女に力を与えているような気がしました。時空を超えた力。

でもその使命感は利益追求だけを考えていきている人たちに果たして伝わるのか。どういうコミュニケーションが有効なのか。そこまでは描かれてませんでしたが考えたい問いです。

2017年1月6日金曜日

人生初のATPワールドツアー・ファイナル観戦

相当ランダムな投稿ですが、2016年のこの出来事は文字に残しておきたい。

2016年11月に人生初のテニスの試合(しかもATPワールドツアー・ファイナル)を見にいきました! 年間の成績から上位8位までのシングル・ダブルス選手のみが参加できる大会。ATPワールドツアー・ファイナルは毎年ロンドンで開催されており、せっかくロンドンにいる昨年行ってきました。

今までテニスなんてさっぱりでしたが(「エースをねらえ」で知っているぐらい笑)、錦織くんが活躍している&姉家族が興味ある 等の理由から、私もルールを知って観戦できるぐらいにまでなりました。

甥っ子の子守の御礼ということで義兄がチケットをとってくれて、なんと1列目で試合を観戦してきました!!!実はふたをあけたら錦織くんの試合ではなく(試合相手が前日まで発表されないため)、ワウリンカとチリッチの試合でしたが。

でもすっごく楽しかったです。

選手の表情、動き全てがくっきり見え、 生声も聞こえた〜。驚いたのは選手のポーカーフェイスぶり。感情がまったくわからない、全神経を集中していました。

プロのプレイするテニスはとても軽やかで、簡単にボールを返しているようにさえ見えました(私がコートに立ったら目にも止まらない速さかも)。素人の私にも出来るのでは?と錯覚してしまうぐらい。プロはすごい。

あとはO2センターの選手や試合のプレゼンの仕方にも驚き。ライトが青かったり音響があったり想定よりもSHOW的要素が強かった。商業的な匂いがした笑。

あとはテニスコートで補助している子女の動きの機敏さがすごかった。言葉をまったく交わすことなく常に’休め’の姿勢で待機。球を拾いにいったりタオルを選手に渡しに行くときにはいつも全力疾走。テニスの「規律」が垣間見えた瞬間でした。

試合あとは錦織くんの巨大写真と。ロンドンにいるうちに生試合見たいなぁ。

2016年9月30日金曜日

インドまみれになって分かったインドの魅力

インドから帰ってきて約3週間半。

ここ1ヶ月間はインターンプロジェクトのまとめ、ロンドンでも家探し、学期始まりでバタバタしていました。でもここでインドをまとめないと流れそうなので内容粗いですが書き残します。


もちろん楽しいことばかりではなかったけど、それでも「楽しかった、行って良かった!」と心から言えます。もし将来このインターン参加したい人いたら全力でおすすめします。

日本の方が良いと思える部分はもちろん沢山あったけど、インドの方が魅力的なところも沢山あった。インターンプロジェクトで学んだことは別に書くので、ここではインドのカルチャーにフォーカスして書きます。

◎ 受容力が高い
動物が一緒に住んでいた。人間に囲われて住んでいるのではなく、人間と対等に住んでました。なので牛、孔雀、水牛、犬等々が普通に道路歩いていて、車は彼らが横断するのを待って道路を渡ります。別にそのときにイライラするわけでもなくそれが日常。

◎ 包容力がある
私たちはタタグループを通したインターン生だったからかもしれないけど、娘や友達のように、会社の人間関係を超えて接してくれた様な気がしてます。休日は日帰り旅行に行ったり、家のご飯に招いてもらい家族ぐるみで接したり。

言葉が通じなくとも話しかけてくれたし、イベントに誘ってくれた。もちろんイベント中に放っておかれることもしばしばあったけど、気を遣われすぎない関係、遣いすぎない関係は長期滞在ではコツかも。

◎ 時間の流れがゆったり
IST (Indian Standard Time or Indian Stretching Time)と教えられました笑。日本が高度経済成長で失ったものは「時間」と聞いたことがあるけど、何となくわかる気がした。

集合時間の15分遅れは普通だし、夕飯に招かれた時間に行くと夕飯始まるの1時間半あとだし、上司とミーティングの度に3時間ぐらい雑談をしたし、視察に行くと大体chaiの時間があるし、数えれば事例はいくらでも浮かびます。

もちろん計画した通りにコトが進まない弊害はあるけど、皆がそれを考慮していれば問題ないかなと。

むしろこういう小さい時間から生まれる会話から得られること、親密な関係は大事。そして皆が何よりそのゆったりした時間軸で楽しそう、健康そう。この中で一人だけイライラする意味もないですしね。Businessだと見方はまた変わるかもしれないですが。

◎ 均質化していない社会
主に富の格差に現れるのだけど、同じRegionの中でびっくりするぐらい住環境の違いを見た。

ムンバイは特にすごい。International空港の煌びやかな装飾をみたあとに、スラムで布と木で出来た簡易の家に住んでいる家族をみると、瞬時に状況を理解できない自分がいました。そこに住んでいる子供は下半身裸で裸足で歩いていたりしています。

どうしてお金を空港の装飾に使ってしまったのだろう?教育や産業育成の方が優先順位高くないか??と悶々と思う自分。でも空港は海外への玄関口だから整備することは人・物の経済物流を活発にするインパクトもあるのか?国の財政の予算配分は本当に興味深い。

でもそれと同時にインドの底力を見た気もした。これだけの貧しい人がいるってことは、これだけ将来豊かな人が生まれる可能性もあるということ。その時のインドはどれだけの力を持っているのだろうか。 

帰国後にインドの友達とこの話題を話した時に彼はインドは工業革命、農業革命(いわゆる緑の革命)、テクノロジー強化を順次に政策として実行していて、確実に経済状況や生活水準はあがっている。今はそのプロセスとして捉えており、長期的にしか実現し得ず時間がかかるとのこと。なのでこの状況がずっと続いており政府に絶望しているわけではなさそう。(彼は少し裕福な家なのでバイアスは多少ありかも)

◎ 日本への印象
これはおまけ。海外に出ると本当に不思議ですが、国内は日本に対して憂鬱な見方だけど、国外での評価は案外高いのが日本。

上司に言われたのは第二次世界対戦で原爆を落とされ敗戦したが、今は見事に経済発展を遂げ国際舞台で重要な役割を担っていることは素晴らしい。タタグループの発電所の開発等を日本に技術協力してもらっているとのこと。

あとは文化(食文化や芸術等)をしっかり守っている印象があるらしい。ポーランド出身のアレクサンドラにも日本はテクノロジー大国ですごいね、Innovativeなこと好きだよね!(ポーランドはカトリックの宗教が政治に大きな影響を及ぼし非常に保守的とのこと)と言われた。

灯台下暗しで日本の魅力を当たり前に思っている自分と、自分が知っている日本は本当に一部分なのだなぁと改めて感じました。こういう日本が誇れるものにもっとアンテナ張っていきたいし、こういう風に言ってもらえる日本がますます好きになりました。

2016年7月15日金曜日

お節介すぎるインド人

今日は想定していない混雑をオフィス内につくってしまいました。事の発端は私が一人でムンバイの友達に会いに2泊3日で行くことになり、数人の上司に報告している時のこと。

友達のスケジュールの都合上、この週末しか会える日がなく、現オフィスに移ってからすぐのことだったので下調べも十分でなかったのは事実。

「飛行機と電車で行こうと思ってます」と伝えると、飛行機の時間やら沢山質問されて答えていたのですが、電車の番号をメモしていないことが発覚すると、その場で調べ始めてくれるのです。

そしてチケットが売り切れているのを見て、他の列車はどうだろうか、飛行機はあるのだろうか等々、リサーチは広がり続けました。

前日にインド人の友達と一通り選択肢を考えた上での決断だったので、調べつくしており、それを伝えたのですが、リサーチに没頭して私の言うこと届かず、調べ続ける始末。

オフィスのマネジメント層の人が集まっている席だったので、ただただ恐縮&すみません状態でした。(30分くらい)

そのあと自分のオフィスに戻り1日前の朝10時に販売される電車チケットを買うためにウェブにつなごうとしている時。

同僚の若いインド人のお兄ちゃんがすごく心配して私の使おうとしていたPCを使って色々調べ始めることに。私はチケットを買いたいだけなのにPCも使えず、さっきのマネジメント層の人との議論を繰り返すはめに。(1時間ぐらい)

皆心配してくれて好意でやってくれているので「しょうがねえなぁ」的な雰囲気を彼らから感じることは全くなかったのですが、想定していなかった混乱をオフィス内につくり、ひたすら恐縮。そして頼んでないことをやってもらう「もどかしさ」も同時に感じました笑。

でもこの「お節介さ」にインド人(またはTata Chemicals Ltd)のhospitalityの一面を見た気がしました。(一方で私が外国人でインドに詳しくないというのもあると思いますが) 

2016年4月19日火曜日

Social Innovation Conference2016の失敗から学んだこと

私はLSEのSocial Innovation Society (SIS)に所属しています。まだ活動1年目の新しい団体で今年はSocial Innovation Conferenceを2016年3月に開催しようということで私も年明けから手伝っていました。前職ではイベント系はがっつり企画マネジメントから携わることが多かったので、今回の「お手伝い」というポジションの(企画から一歩離れてイベントを手伝う)経験は気づきがいくつかありました。

結果として、チケットの売れ行きがあまりに悪く企画チームで開催2週間前にイベントをキャンセル。残念ではあったけど運営を考える良いきっかけでした。

◯ LSEの生徒ってSocial Innovationに興味あるの
そもそもないのではないかという私の仮説。私のいるMPAは割とお堅い機関(政府、シンクタンク、行政コンサル、銀行、国際機関等)で働いたキャリアの人が多く、民間のBusinessやInnovationの取り組みとかに興味がある人は肌感覚で少ない気がします。むしろ国連の人がきて貧困対策について話をするとかの方が人が集まりそう。以前SISで社会起業家の人を呼んで講演を開催した時も1、2年生合わせて20人程しか集まらず。勉強で忙しいという仮説を企画メネジメント層は話していたけど、むしろ私はLSE色にあってない気がする。

◯ Conferenceは誰をターゲットにどんなインパクトを出したかったのか
1つ目とも重なるけど、ターゲットと出したいインパクトが曖昧だった。もしLSEの学生対象にするならLSEの人が興味あるようなテーマにしないといけない。今回は準備期間が短くて、そこまで詰められなかった印象を受けた。何となくスピーカー集めて話してもらう的なのりでした。

◯ お手伝いの人をどれだけ大事にし、やる気をだしてもらえるか
今回お手伝い側だったのでこのポイントはすごく重要な気がした。お手伝いをしていて充実感、貢献している感、頼られている感が全くなかった。でもこういうイベントはボランティアの人達にどれだけ本気で携わってもらえるかかなり重要。(最後の集客も企画層4人ぐらいが焦って頑張っていたイメージ。)

私が企画側だったら何をしていたか。まず企画ミーティングにお手伝いの人を呼んで企画から一緒に共有する(熱量の共有や人間関係の構築)。企画を少しお願いしてお手伝いでも多少のコミットメントをお願いする(頼りにしていることを感じてもらう、企画する楽しさを分かち合う)。あとは反省も呼んで一緒にしただろう。

◯ 役割分担
大きな失敗あり。私がマネジメントの人に引き継いだアフタードリンクの企画を担当の人がキャンセルを相手側にフォローできなくて迷惑をかけてしまった。すごい初歩的なミス。どうやって企画マネジメント層で仕事管理をしていたのか知らないけれど、誰が何をやるか全体で把握していなくてチェック機能が働かなったのではと思った。

まだ来年この企画をやるかはわかりませんが、もし次回も携わることになったらテーマとターゲットをすごくしっかり練りたいと思いました。私も今回は全然イニシアティブを取れなかったので、その反省も兼ねて。

2016年4月18日月曜日

はじめてのPhotographer体験

先日FuckUp Nightsという起業家が失敗談を共有するイベント@Impact Hub in King's Cross, Londonでお手伝いをしてきました。私が所属しているLSE Social Innovation SocietyがImpact Hubと提携を結びイベントの運営を手伝うことになりました。

実は前期もお手伝いにいったので2回目なのですが、今回初写真撮影係になりました。今年1月にCanon EOS M3というデジタルカメラを日本から買ってきてもらい、専ら気合いれて出かける時はカメラを持ち歩くようになりました。絞り、画素、シャッタースピードを自分で操作できるので一眼レフを購入する前の入門カメラとしては最適。

今回は自分のスキルを磨きたく「カメラも出来ます」とあえて立候補笑。今までの仕事で素敵な写真を撮影してもらうことが多く「自分も撮れたらなぁ」という密かな憧れがありました。あとは自分の新しいクリエイティビティさや感性を発掘したいという気持ちも多少ありました。(LSEにいると左脳ばかり使っている気がして右脳を発達させたい衝動に駆られます。)

難しかった。なかなか自分がイメージしていた様な写真は撮れず。イベント最後は大分満足した写真が撮影できるようになってきましたが最初はボロボロ。ゴールは生き生きとした語り手や聞き手の雰囲気が伝わるような写真を撮影することでしたが、無意識に動くので動作が予知できない被写体を撮影するのは本当に難しい。気づいたことを下記備忘録。

人の表情はカメラを構えて待ちつつ、良いと思った瞬間にシャッターを押すことが大事。カメラをそもそも構えていないと表情はとれない。ただ、わざとらしく構えていると被写体が緊張してしまうので気配を消すことも大事。(どうしたらいいのだろう。)

イベントのように客席があって自分が行きたい場所に自由に移動できないことがある場合は、ズームレンズは必須。今回はズームが効かないレンズだったのでスピーカーの迫力を出すのが難しかった。

角度によって印象が全く変わる。パワフルさを出したかったら下から撮るのがいいし、客席との力関係をあまり出したくなかったら上から撮るし。いわゆる構図をどうするかはこれからの経験と勉強かな。

今回撮影して思ったのはプロカメラマンの立ち回りをみてみたい(一度ついてまわりたい)こと。下見をどれくらいするのか、撮影位置をどう決めるのか、シャッターをどう構えどのタイミングでおすのか、等々きになることが沢山です。

2016年3月26日土曜日

MPA Gala 2016

Lent Term最終日の3月24日にMPA全体で1年間の終わりをお祝いするGalaがありました。少しフォーマルな格好をして少し格式高い会場(The Hurlingham Club)でディナーを食べてダンスをする催しです。教授からの挨拶や1年間の生徒が選ぶAward(Best Smile etc)が発表されたり盛りだくさんでした。

チケット制(£40)ですが1年生も2年生も8割くらいは来たかな。ターム終わりのプレッシャーがない時にクラスメイトの皆に会えて楽しかった!!基本的にダンスホールなのでゆっくり話す感じではないけれど、1年間一緒に乗り越えてきた友達と感覚にまかせて踊るのは楽しい。

あとはとてもお世話になった2年生の人と久しぶりに再会して話す機会があった。2年生も盛り沢山だけど出来るところまで頑張りたいなと前向きに思えた。その人はMPAのプログラム以外にもインターン、LSEのコンフェレンス、Business Plan Conpetition等にも意欲的に取り組んでいて、とっても大変だったけど楽しかったと言っていて、話した時の感じで本当に充実していたのだろうなと伝わってきた。素直に羨ましかった。今年1年過ごして感じたのは、MPAプログラムは充実&忙しいからこそ、学生の特権として出来るような機会に触れるのは本当に自分の優先順位とマネジメント次第だということ。

あとはクラスメイトの彼女がとても素敵な女性で良い出会いでした。彼女は他の大学に通っているので本当にアウェイな環境だったのだけれども、怯えるて人見知りするわけでもなく、興奮しすぎて頑張りすぎるわけでもなく、落ち着いて自分のことを話し人の話しを聞いていた。あのナチュラルな感じすごく憧れる。勉強していることもCitizen Participation in Social Changeで割と興味あり。また会える機会があるといいな。

2016年3月22日火曜日

クラシックコンサートに行ってきました

色々あったのに時間が全くとれず書くのが大分久しぶりになりました。Lent Termも終わったので振り返りを兼ねて一気に記憶に残っていることを書こうと思います。

まずは3月に行ってきたクラシックコンサート。

3月15日にLSEのChoir & Orchestra Spring ConcertがLSEのすぐ近くにあるSt Clement Danesという教会です。友達がChoir部に所属しているので行ってきました。

2時間半でしたがすごく楽しめました。特にOrchestraがすごく良かった。いつも使っていない感覚がひらく感じがしました。勉強しかしていない様な毎日だったので気分転換として最高でした。

今回一番思ったのは、クラシックコンサートが気張ったものではなく近所の人も気軽に来るような身近な存在だなということ。教会という空間がすごく落ち着いたし、音の重厚感が教会の重厚感とマッチしており「わざわざ会場感」がなく、生活の一部なんだろうなぁと感じました。(日本はあまりよく分からないのですが)学生がこういう風にパフォーマンスを一般に披露できる機会があることも素敵。レベルがどうであれ、クラシック音楽を嗜む若い一定層がいることは、文化の発展にはとても大事だろうなぁと。

もう一つは3月22日に日本人有志で開催した東日本大震災メモリアルコンサート。これはSt Lawrence JewryというSt Paul Station近くの教会でありました。こちらはピアノとバンドの二部演奏でした。


私も知り合いに頼んで東北の写真提供をさせていただきました。





企画が急に決まったこともあり集客は改善の余地がありましたが、それでも50人くらいは来てくれました。この日はピアノに感動。。表現の幅がすごかった。スピード、強弱、音の組み合わせでこんなにも豊かに表現できるのだなと。こちらの大学院のマスターに通っている今田篤さんが弾いてくださったのですが、話すとピアノからは想像できないくらいとても穏やかな方でした。個々人の表現の方法は色々あるなぁと、最近LSEでおそらく左脳での思考が過多になっている私には良い気づきをもらいました。




2015年11月10日火曜日

Emerge2015に参加して

先週末(11月8日)にOxford大学のMBAコースであるSaïd Business Schoolで開かれた社会起業家の集まり「Emerge2015」(http://emergeconference.co.uk/)に行ってきました。


2001年に建てられた校舎で、ガラス張りが基調のとっても綺麗な建物でした。Skoll Centre for Social Entrepreneurshipという研究所を兼ね備えており、社会起業家の育成に力を入れているようです。


2日間あった会議のうち2日目に行ってきました。1日目はチケット売り切れでした。社会起業家Competition、講演、セミナー、ワークショップが主な内容でした。営利と非営利、民と官、国内と国際、実践者と研究者等、様々なバックグラウンドの人々が一堂に会し、世界の広さを感じました。

書きたいことは沢山あるのですが、感じたことを3つ書きます。

○ テクノロジーとの距離が近く、とてもオープン
私が聞いた起業家のプレゼン全てにテクノロジーが駆使されていました。例えば途上国の医療環境をテレビ電話を用いて改善する、途上国の出生管理やシリア難民管理を指紋等を使って管理する、途上国の教育水準をタブレットを使ってあげる、オープンソースを駆使して3Dプリンターにおけるものづくりの効率性をあげる等。

日本だと、このような技術は大企業と連携して導入するイメージでしたが、プレゼンを聞く限りだと、チームメンバー内に必ずエンジニアがいて、彼らがプログラムを組み立てるみたいです。

この違いはどこから来るのでしょうか?思いつく理由としては、エンジニアが起業家マインドを持っている、エンジニアとアイディアマンである起業家の交流が多い、エンジニアの技術の応用力が高い、技術がもたらすことに対してとても前向き。

これからの海外生活をとおして考えたいポイントの一つだなと思いました。

○ 立場を超えてフラットな議論ができる
これはLSEでのイベントでも度々感じていたことですが、 講演後の議論がinteractive。相手の社会的地位が高い人であろうと、すごいプロフェッショナルであろうと、学生や一企業人が混ざって平等に議論します。立場によって作られる隔たりが非常に薄いと感じました。

これを可能にしている背景は何だろうかとよく思うのですが、まずは英語という言語のフラットさは絶対影響している気がします。英語には丁寧な言い方はありますが、日本語のような尊敬語や謙譲語はありません。フラットな立場で話しやすい言語です。

あとは好奇心を育てること、探求することにとてもポジティブな教育がなされているように感じます。日本だと、周りからの見られ方や周囲にかける迷惑さを考えてしまい、思ったことを一旦自分で噛み砕いてから、発言する傾向があると思いますが、こちらの人は好奇心を外に出して、それを周りと一緒に深堀していくことに慣れています。それは自分の好奇心は周りの人へのポジティブな影響を与えるという暗黙の土壌があるのだと思います。

○ 素敵な女性リーダーが多い
自分が前職東北にいたから余計に思ってしまうのかもしれないのですが、女性スピーカーが半数以上いました。「社会分野」ということも関係しているのかもしれません。情に訴えるだけではなく、きちんと裏付けのデータや知識を用いて堂々と主張を展開していて「プロフェッショナル」になるとはこういうことだなとしみじみ感じました。

自分の中に「女性は男性に比べて社会的地位が低い」という観念があるから、こういうところが印象に残るのだと思いつましたが、こういう環境に身をおけることを幸せに感じました。女性でもこういうところで活躍できるのだと実感できることは今後の自分の道を考えるにあたり大きな影響があると思います。

○ 自分への備忘録として他に感じたこと
・インパクトインベストメントについてもっと知りたい
・仕事がない=自分を紹介する時の後ろ盾がない。
・自分の何を紹介して相手に興味を持ってもらうのか。
・自分は何のプロフェッショナルになりたいのか。