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2017年7月18日火曜日

ヨーロッパのまちづくりが日本にそのまま当てはまらない理由

20177月に友達と45日で環境都市(特に交通政策を基幹としたまちづくり)として有名なドイツのエアランゲン(Erlangen)・フライブルグ(Freiburg)とフランスのストラスブール(Strasbourg)に行ってきました。

現地での講義は、高松平蔵さん@エアランゲン、Innovation AcademyHongさん@フライブルグ、市役所交通課のベルゼさん@ストラスブールにお願いしました。当日はスライド等を使って現在の取り組みだけでなく、それを可能にした歴史的、社会的背景や取り組みの効果等も詳細に説明してもらいました。(高松さんとInnovation Academyは随時視察を受け付けているようなので、興味あったらぜひご連絡をしてみて下さい)

結論からいうと、「目に見えている表面的な取り組みだけを日本に持ってきても上手くいかない」ということだと理解しました。なぜなら、それが可能になったのは、根底にある人々の価値観、コミュニティの成り立ち、そして地方分権によって培われた都市の自治が大きく影響している印象を受けたからです。

(以下、相当な長文になります)

l   教養市民の存在と蓄積された自治力@ドイツ(高松さん講義)

19世紀の工業化により都市への人口集中が起き様々な社会問題が発生するなかで、秩序を保つために必要とされた都市政策やマネジメントが必要となり、その役割を大きく担ったのが都市官僚と教養市民らしいです。この時代には各都市に憲法(住民の権利などを記したもの)、法典、裁判制度の原型となるようなものも出来たらしく、これらが後世に明文化して伝えられる都市の「物語」の基盤となったらしいです。

さて、都市間での交易が盛んになるにつれて各都市が「われわれのまち」というアイデンティティを強く持ち始めました。その「らしさ」がまちづくりでも大きな役割を担ったらしいです。「教養市民」という言葉はかなり抽象的ですが、私が思うに「文化的そして社会的な教育を受けていて、コミュニティにとって何が善悪なのかの区別がついた市民」のことだと思います。よって、都市官僚と教養市民が中心になったまちづくりでは、どのような社会インフラ、産業、そして文化を育むかについての共通認識が高い「教養」レベルで擦り合わせがとれていたらしいのです。


l   まちづくりにおける社会的・文化的・経済的なバランス

そもそも三都市において共通している交通政策は、中心地への車の乗り入れを禁止しトラム(LRT)を導入することでした。引き金となったのは1960年代の経済成長とそれに伴うモータリゼーションによって生まれた弊害に対する危機感。1970年代には環境問題やコミュニティの分離に対する運動が起こりました。それから都市の過去の物語の再発見への意識も高まり現在の都市はその上に構築されるようになります。例えば以前からまちの中心であった教会の周りは駐車場という土地使用ではなく、人が集う場所にしようということで車の乗り入れが廃止されました。そして人が集うことは結果的に経済的効果ももたらします。このような意思決定の際に、環境的な要因だけでなく、社会的、文化的、経済的要因がバランスよく考慮されている印象を受けました。

友達と話していて面白かったのは、日本だとまちづくりの際に経済的価値に一番の比重がおかれがちで、社会的、文化的価値が軽視されがちだということ。一方で例えばストラスブールの話だと、トラム経営は数字だけみると赤字だが(運賃収入53%, その他収入4%, 補助金や企業への地方税43%)、環境的、社会的、文化的ベネフィットを合わせると継続する価値があるという風に認識しているように感じました(はっきりとはおっしゃっていませんでしたが)。確かに中心地にいってみると、その活気と心地の良さに「なるほど」と思いました。

ストラスブールのノートルダム大聖堂前の広場。数十年前は車中心の広場になっていたが、今は人通りが絶えない場所に。 


ノートルダム大聖堂の上からの眺め。


l   「場」を大切にする価値感

日本では何か(イベントを)しないと人が集まらないと思いがちですが、こちらでは居心地の良い場であれば人が集まってきます。ヨーロッパでは芝生に人が寝そべっている光景をよく見ると思います。この「居心地の良い場」は多目的用途として使われています。ある日は人が集まりリラックスする場であり、ある日は政治キャンペーンやデモに使われたり、また違う日はNPO集会や活動の場になったり。その場の存在が市民の生活の質を高めるという共通認識があるようです。

だからこそ、人が集まれる場を車の駐車場にしてしまうのでなく、社交の場として残しておこうという意思決定が働いたようです。これは芝生のような公園の場所に限らず、劇場やミュージアム等も同様です。例えばエアランゲンは人口10万人強の都市ですが劇場が5つもあります。その金銭的運営には企業がスポンサーとして関わっています。その背景には、生活の質が高い都市には質の高い人材が集まってきて、それが企業のハイパフォーマンスにつながるという好循環ループが働くようです(高松さんのクオリティ・ループより)。

面白かったのは、日本は機能的にまちづくりをするが(例えば、線路を最初に引いて、その周りに人が集まるようにまちをデザインしていく=効率性だけを考えてまちをつくっていく)、こちらは人がもともと集まっている場の価値をどうあげていくか(人を場の中心におく)を大切にするということです。

エアランゲンの中心 にあるイベント広場に仮設されたビーチでリラックス。このイベント広場の用途も市民間での議論で決められたそう。


エアランゲンの中心地には車がいないので、道が広く見えて歩く時もとても気楽。


l   市民社会の成熟と行政とのパイプラインの強さ

最初に「教養市民」の存在にも触れましたが、フライブルグで見学に行ったVauban地区はフランスの軍事基地の跡地に住民が参加してつくられた環境地区です。トラム電車の導入から始まり、エネルギー効率の良い環境住宅(Passive housing)、カーシェアリング、クラインガルテン(共同菜園)、コンポスト、公共空間のデザイン等を住民参加で行いました。

地区の歴史を学びながらアイディア出し、だんだんと絞って中心のコンセプトを決めて、どうしたらそれが可能なのか、誰と協力すればいいのかを話し合っていくそうです。計画の実現については行政が全面的にバックアップをし、中心のコンセプトが決定した後は更なる議論と多少の変更を重ねて最終案に仕上げていくようです。

Hongさん曰く、住民は皆議論することに非常に積極的だと話してくれました。また議論が身の丈になるように、実際に車を一人一台所有する際の必要な土地面積や、一人平均あたりの牛肉を消費した際の土地使用面積を実際に計算して、自分たちの行動スタイルを変えることがどう土地利用可能面積や資源消費量に影響を与えるかを考えたりするそうです。

フライブルグのトラム。 


フライブルグのVauban地区の共同菜園。色んな種類の野菜が育てられてました。 


フライブルグのVauban地区のエコハウス。緑がいい感じで心地よかった。


l   日本に持って帰る前に

以前に携わった仕事で、住民参加でマスタープランづくりを進めた経験と比べると、日本にこのまま「やることリスト」を描いて持って帰っても上手くいかない気がしたので、その理由を書き出したのが上記になります。

下記のポイントをどう日本の文脈に置き換えるかが重要な気がします。逆説的に言えば、今まちづくりが上手くいっている自治体は下記ポイントを上手く自分たちの文脈に置き換えることができているのだと思います。

1.    まちのアイデンティティ
2.    コミュニティとして、個人として何に価値を置くのか
3.    市民間の意思決定プロセス
4.    行政の自治力
5.    行政や企業など多様なステークホルダー間での共通目標を設定

2017年3月26日日曜日

週末にホームステイ@Bungay

3月中旬にHOST UKというボランティア団体をとおしてイギリスの田舎に2泊3日(金曜午後〜日曜午後)でホームステイしてきました。LSEにいながらイギリス人との交流が少ないので彼らの暮らし方やライフスタイルは興味がありました。

International Studentsを対象に、日帰りまたは2泊3日のホームステイがコーディネートされてます。アプリケーションプロセスで興味にあったホストをコーディネートしてくれます。私は田舎や自然が好きと回答したのでBungayというLondonから列車を北東に2時間走らせた場所が滞在先になりました。

幸いにも雨は2泊3日中ほぼ降らず、曇りのち時々晴れでした。まち全体が古き良きレンガと石づくりの文化を保存していて歴史を感じさせる街並みでした。


何世紀にもわたり教会だった建物の敷地には桜がとても綺麗に咲いていました(今はコミュニティセンター)。17世紀に建てられたお墓は時の流れを感じさせます。(保存に莫大なお金がかかるそうですがそれ以上の価値はある気がします。)



ホームステイはアメリカ人の女の子も一緒で(ロンドンの学生)、彼女も自然や植物に興味があるということで土曜日はNature Conservation WetlandとConservation Forestsに連れていってもらいました。ホストマザーのお友達のおじいちゃんも一緒で地形や植物の解説つきでした!

湿地に横たわり生きている木の形とコケから感じる年月。

異国で桜を発見すると懐かしい気持ちに。

芝生と落ち葉の絨毯が醸し出す雰囲気は絶妙。

ホームステイは久々の贅沢な時間でした。特にここ1ヶ月はLSEの大きなグループプロジェクトで常に追われている感じだったからですが、久しぶりに人間らしい文化的な過ごし方をした気がしました。PCを持っていかない決断は正解でした。

まず夕飯の前からワインを飲みながら、お互いの国こと、普段の生活のこと、興味あること等を1時間ぐらい話し、そのあとにダイニングに移動して2時間ぐらいまたゆったりと食卓を囲んで話しました。家族のこと、お互いの国の教育システムや政治システムから今まで行った旅行の話しなど純粋に会話を楽しみました。

夕食後もリビングに移動して久々のboard game。

祖父母の世代から受け継がれたアンティークが家中(ダイニング、寝室、階段、バスルームにも)に置かれており、普段とは全く違うリラックスするための「家」という空間も非常に癒してくれた気がしました。消耗品ではなく、世代を超えて受け継ぐアンティークを揃える姿勢が素敵。本物は年月を超えても色あせないなぁと。

ホストマザーはおそらく70代で、1人でこの家に住んでいたのですが、私たちのような孫のような世代を心を込めてもてなしてくれたことに感謝でした。そして日本やアメリカの事情にもすごく興味津々で、 いつになっても衰えない探究心&勉強熱心な姿勢にも教わること多かった。

余生はこんなおばあちゃになりたいなぁ、、と自分の余生に新たなイメージが加わりました。




2016年10月9日日曜日

basta!視察 @Sweden Trip

実はインドから帰ってきてからLSEが始まるまでの間、スウェーデンへ約1週間旅行に行ってきました。













レンタカーをしStockholmやSintra, Uppsala, Örebroにも足を伸ばしてきました。















ほとんどAirbnbに泊まりスウェーデンの自然豊かな住環境を満喫してきました。家の裏庭に湖とDockがあり、カヌーに挑戦したりもしました。
















その中で視察も兼ねてbasta!(「もう十分」という意味らしいです)というDrug Abusersの職業訓練をとおした更生施設(Rehabilitation)にアポをとって見学に行ってきました。森を切り開いたような場所にありました。リハビリ者はごついtatooを入れている人が多く、表情も固い人がいて私も最初顔が引きつりそうになりましたが、挨拶すると皆さん返してくれました。勤務時間中は皆すごくいきいきと晴天の下、楽しそうに働いていました。














スウェーデンではDrug Abuseで捕まると刑務所かbasta!のような更生施設に入って業務をこなすか受刑者は選べるらしいです。1994年に協同組合として設立され、今は職員や更生者含め100名ほどがいるそうです。敷地内にアパートがあり更生者は家族も呼び寄せ皆で共同生活をしています。事業が清掃事業、家具事業、犬の保育園事業等7つあり、昼間の仕事が社会復帰のためのRehabilitationを兼ねています。

興味ある方は詳細は下記からどうぞ。
basta!のウェブサイト(英語)
JA共済総合研究所による研究報告レポート(日本語)

ここでは訪問して自分が印象に残ったことを備忘録として残します。

◎ 運営者も元Drug経験者
説明してくださった女性CEOも元Drug経験者。非常に明るくて聡明な方で、「私も元はそうよ」とカミングアウトされた時は流石に驚きを隠せませんでした。従業員、更生者100名のうち外部から人材調達したのはEngineerの人だけらしいです。「Drug経験者だから・・・」という社会の偏見を見事に払拭するし、更生者にとってもロールモデルがすぐ近くにあることは非常に励みになりますよね。

そして、おそらく支援者、被支援者という構図が生まれにくい。私が東北の震災で働いていた時はこの構図から生じる問題がたくさんありました。例えば支援者側。「何も非支援者に出来てないのではないか?という無力感からくる鬱」「その焦りから頑張りすぎて身体を壊す」「非支援者の気持ちや人生を背負いすぎてしまう」または支援者側。「支援者側は何もわかってないと不満が噴出」「弱者の立場として扱われることから生じる弱者意識や甘え」数えるときりがありません。しかし施設運営側も元Drug経験者で同じバックグラウンドを共有していることは、上記のような立場の違いからくる意識の分断を生まれにくくするのでは?という仮説。

◎ 寄付は受け付けない
更生者のSelf-Esteem(自尊心)を向上させることに非常に重点を置いていました。よって同情からくる寄付は更生者のSelf-Esteem向上の弊害になるということで全く受け付けないそうです。申し出てくれた方には商品を買う等で貢献してほしいとお願いしているそうです。思い切った決断だけど、非常に強い哲学を感じました。

◎ Businessを貫き通せる高い商品品質
上記からもわかるようにBusinessが成り立たないと運営できないビジネスモデルです。施設建設時に複数のコミューン(地方自治体のようなもの)から借金をして初期投資したらしいですが全て返済し終わったそうです。完全にBusinessを貫くだけではなく、「Drug経験者のリハビリ施設」ということをPRしていないとのこと。つまり商品の質が悪いとお客さんが離れていってしまいます。だからこそ、商品の質にはこだわっていることでした。家具製造事業の工場を見せてもらいましたが本格的。家具屋さんで売っていそうな素敵な木工家具でした。

印象的だったのは過去のDrug経験者への偏見をなくすことは長期的なゴールでもあり、その観点からはbasta!の内情をPRしながらマーケティングすることも一つの戦略。その葛藤は今も議論の論点になると話してくれました。

◎ カスタマイズされたリハビリテーション
受刑義務の代わりにbasta!にに勤める年数は1年ですが、平均して大体 3~4年ぐらいbasta!で過ごして社会に復帰していくらしいです。その最初の1年の中で特に決められたリハビリテーションのプログラムはなく、定期的にカウンセラーと話しその時に必要なリハビリをするらしいです。状態チェックのための定期的アンケートは更生者が客観的に自分の変化を捉えるために実施していました。日本の事情を詳しく知りませんが、助成金や委託でないから、カスタマイズしやすいプログラムを提供できる気がします。

またコミュニティでサポートしていくというコンセプトを大切にしていました。家族の消息がわかる人はbasta!が場合によっては連絡をとり家族をbasta!に呼んで一緒に住んでもらいサポートする態勢を整えるそう。社会にでた時に「家族」という身近なサポートコミュニティの存在は再発を防ぎやすいと話してくださいました。

◎ キャリアサポート
上記に関連して社会復帰=仕事を探すということでもあります。よってbasta!にいる間に本人の希望に合わせていろんな事業を経験してもらいながら自分の特性を見つけてもらうということでした。または新たな教育を受けたいので大学に進む人もいるらしいです。今のAccounting担当の人はAccountingを勉強したあとにbasta!に戻ってきたと話してくれました。

◎ リハビリのターゲットを定める
よく福祉分野だと全ての人を救おうとする印象があります。例えばDrug経験者だと、basta!に馴染めなかった人がどうするのか?basta!を卒業した後の社会適応へのフォローはどうするのだ?等々。

その観点においてはbasta!は「施設内で更生しようと頑張っている人に全力を注ぎたい」とターゲットが明確でした。実際最初の3ヶ月で入所者の50%が生活に慣れず(毎朝起きて仕事をこなすという生活リズムを作ることだけでも最初は大変らしい)basta!を離れていってしまうとのこと。包括的なケアはもちろん大切ですが、自分の会社ができる範囲を明確に定めるとい選択の力は大切だなと感じました。

以上おおまかになりますが、感じたこと。


2016年9月30日金曜日

インターンプロジェクトを通して学んだこと

インド文化については別ブログに書いたので、こちらはTCSRD (Tata Chmicals Society for Rural Dvelopment)のインターンプロジェクトにフォーカスして書きます。

最終アウトプットはプレゼンテーションとレポートでした。自分なりには時間の制限がある中で満足いく形で終えました。最初にTCSRDにもらった情報に明らに価値のある情報を付加できました。何よりも現場のプロジェクト担当者と責任者から「今後のプロジェクトを進めていく上で非常に参考になる。プレゼン資料をメールアドレスに送ってほしい」と言われたのが嬉しかった。

前職で培ってきた能力も多いですが、やはり大切だと再認識した能力。2年生のDissertationを書く前の良い経験にもなりました。

◎ オフィス内のコミュニケーション
「何を誰に聞けばいいのか」を一早く把握できることがその後の仕事の進めやすさを左右します。大まかな方向性はProject guide、どのように調査を進めればいいかはDepartment Boss、日々の質問はColleague、土壌や肥料についてはOther colleague in other departmentsというように。これは最初に教えてもらえる訳ではないので、自分で人間関係を切り開いていく力が非常に必要。

あとは「どの時点で誰にどの情報を共有しておけばいいのか?」もコミュニケーションの食い違いを無くすために必要なこと。これはOffice Politicsも多少含みますが、許可を取るときに誰を通すのが筋なのか?報告はどの順番ですべきか?等々。

◎ くらいつく力
とにかく分からなければ聴きまくること、遠慮しないこと。図々しさと情熱(一生懸命さ)を併せ持つことは大事。熱意を伝えるために「どうやって質問を聞くか、どうやったら相手が質問を気持ち良く答えてくれるか」はかなり重要な気がします。

◎ クリアにするコミュニケーション力
相手との誤解をなくすためにどのようなコミュニケーションが有効か。相手も英語の会話が不自由なことがあったので私は文字におこすように努めました。OutlineやIntroductionを完成させて上司に見せたりしていました。目的意識、アプローチの道筋、前提条件の理解さえ大きくずれていなければ、悲惨な結果にはならないはず。

◎ 背景知識の理解
農業や堆肥の話は私にとっては新しいトピックでした。なので話していても疑問が浮かぶことは多少あったけれど、インターン前に堆肥に関する日本語の本2冊と、トピックに関する記事等を読み背景知識をいれたので、期間中はそのバックグラウンド理解に時間をとられすぎることはなかった。背景知識の理解をインターンで始めていたら時間なかった。

◎ タイムマネジメント
正直自分のアウトプットやプロセスを管理してくれる人はいなかったので、サボらないように自分を律することが非常に難しかった。私は最初の週に直属の上司に毎週ミーティングをしたいと申し入れたのでそれが自分の良いペースメーカーになった。あとはフィールドVisitの約束をしても延期されることが頻繁にあるのでタイトな予定は立てないこと。あとに余裕をたくさん作っておく。

◎ ビジネスと学問の融合
学問は自分の主張の信憑性が非常に大事。すべての主張についてcreditを見つけることが必須だけど、ビジネスは細かすぎることにとらわれずに、ざっくりとマクロの状況を把握する大きな鳥の目をもつことも重要。LSEで学問にどっぷり浸かっていた私には最初このバランスをとることが難しかったです。私はLSEの教授や日本の分野に詳しい知り合いにスカイプでアウトプットを見てもらったりして、そのバランスを保ちました。

インドまみれになって分かったインドの魅力

インドから帰ってきて約3週間半。

ここ1ヶ月間はインターンプロジェクトのまとめ、ロンドンでも家探し、学期始まりでバタバタしていました。でもここでインドをまとめないと流れそうなので内容粗いですが書き残します。


もちろん楽しいことばかりではなかったけど、それでも「楽しかった、行って良かった!」と心から言えます。もし将来このインターン参加したい人いたら全力でおすすめします。

日本の方が良いと思える部分はもちろん沢山あったけど、インドの方が魅力的なところも沢山あった。インターンプロジェクトで学んだことは別に書くので、ここではインドのカルチャーにフォーカスして書きます。

◎ 受容力が高い
動物が一緒に住んでいた。人間に囲われて住んでいるのではなく、人間と対等に住んでました。なので牛、孔雀、水牛、犬等々が普通に道路歩いていて、車は彼らが横断するのを待って道路を渡ります。別にそのときにイライラするわけでもなくそれが日常。

◎ 包容力がある
私たちはタタグループを通したインターン生だったからかもしれないけど、娘や友達のように、会社の人間関係を超えて接してくれた様な気がしてます。休日は日帰り旅行に行ったり、家のご飯に招いてもらい家族ぐるみで接したり。

言葉が通じなくとも話しかけてくれたし、イベントに誘ってくれた。もちろんイベント中に放っておかれることもしばしばあったけど、気を遣われすぎない関係、遣いすぎない関係は長期滞在ではコツかも。

◎ 時間の流れがゆったり
IST (Indian Standard Time or Indian Stretching Time)と教えられました笑。日本が高度経済成長で失ったものは「時間」と聞いたことがあるけど、何となくわかる気がした。

集合時間の15分遅れは普通だし、夕飯に招かれた時間に行くと夕飯始まるの1時間半あとだし、上司とミーティングの度に3時間ぐらい雑談をしたし、視察に行くと大体chaiの時間があるし、数えれば事例はいくらでも浮かびます。

もちろん計画した通りにコトが進まない弊害はあるけど、皆がそれを考慮していれば問題ないかなと。

むしろこういう小さい時間から生まれる会話から得られること、親密な関係は大事。そして皆が何よりそのゆったりした時間軸で楽しそう、健康そう。この中で一人だけイライラする意味もないですしね。Businessだと見方はまた変わるかもしれないですが。

◎ 均質化していない社会
主に富の格差に現れるのだけど、同じRegionの中でびっくりするぐらい住環境の違いを見た。

ムンバイは特にすごい。International空港の煌びやかな装飾をみたあとに、スラムで布と木で出来た簡易の家に住んでいる家族をみると、瞬時に状況を理解できない自分がいました。そこに住んでいる子供は下半身裸で裸足で歩いていたりしています。

どうしてお金を空港の装飾に使ってしまったのだろう?教育や産業育成の方が優先順位高くないか??と悶々と思う自分。でも空港は海外への玄関口だから整備することは人・物の経済物流を活発にするインパクトもあるのか?国の財政の予算配分は本当に興味深い。

でもそれと同時にインドの底力を見た気もした。これだけの貧しい人がいるってことは、これだけ将来豊かな人が生まれる可能性もあるということ。その時のインドはどれだけの力を持っているのだろうか。 

帰国後にインドの友達とこの話題を話した時に彼はインドは工業革命、農業革命(いわゆる緑の革命)、テクノロジー強化を順次に政策として実行していて、確実に経済状況や生活水準はあがっている。今はそのプロセスとして捉えており、長期的にしか実現し得ず時間がかかるとのこと。なのでこの状況がずっと続いており政府に絶望しているわけではなさそう。(彼は少し裕福な家なのでバイアスは多少ありかも)

◎ 日本への印象
これはおまけ。海外に出ると本当に不思議ですが、国内は日本に対して憂鬱な見方だけど、国外での評価は案外高いのが日本。

上司に言われたのは第二次世界対戦で原爆を落とされ敗戦したが、今は見事に経済発展を遂げ国際舞台で重要な役割を担っていることは素晴らしい。タタグループの発電所の開発等を日本に技術協力してもらっているとのこと。

あとは文化(食文化や芸術等)をしっかり守っている印象があるらしい。ポーランド出身のアレクサンドラにも日本はテクノロジー大国ですごいね、Innovativeなこと好きだよね!(ポーランドはカトリックの宗教が政治に大きな影響を及ぼし非常に保守的とのこと)と言われた。

灯台下暗しで日本の魅力を当たり前に思っている自分と、自分が知っている日本は本当に一部分なのだなぁと改めて感じました。こういう日本が誇れるものにもっとアンテナ張っていきたいし、こういう風に言ってもらえる日本がますます好きになりました。

心霊体験@Lonavala, India

前回に続きLonavalaにてあるホテルに泊まった時のこと。(余談ですが、このホテルは枕とシーツが人の脂くさくて、しかも枕の下に誰かの髪の毛が何本もあって最悪でした。)

端的にいうと金縛りに3回も会いました。

そのうちの1回はリアルに両手で肩を抑えられている感覚があり「Listen to me」と聞こえた。わたしは霊感はないと思っていたので、自分の脳が作り出している幻覚なのかなと思ったけれど、さすがに怖くなって、いつもなら金縛りにあっても無理に体を動かそうとしないけれど、その時ばかりは体を動かそうと必死になりました。身体をふぅーとゆるめて体内にパワーをためて一気に爆発させました。足だけは解放されたと思ったらまたすぐ金縛りにあうということを繰り返してました。

アレクサンドラがすやすやと横で寝ているのを見て助けを求めようとしたけれど、声を出すこともできない。ようやく絞りだした声が「あぁ。。」という短い声で無力感を感じました。

しかも金縛りの最中にアレクサンドラの足元にぼやーっと男の人を見た気がして、本物なのか自分の脳が作り出している幻想なのかわからず何度も目を凝らしてみようとしました。

本物の男の人だったらアレクサンドラが危ないと思い、起き上がって戸の鍵がかかっているか確かめようとしたが身体が全く動かない。そういえばインドで夜中に掃除の人が来て怒ったという話をどこかで聞いたこともあり、掃除の人かもしれないと頭の片隅で考えたりもしていた。

とにかく男の人がぼやーっとしていたので自分の目がおかしいのかもしれないと思い、目を開けたり閉じたりを繰り返しているうちに、カーテンしか見えなくなり、結局カーテンだったのだと自分なりに解釈した。

そのあとはとくに何もなかったのですが、ロンドンに帰り姉に話したときに「絶対霊を見たんだよ、しかもインドならありそう」と言われ「はっ」とした。自分が今まで見たことないばかりにその可能性を排除していたのだけど、確かにそう解釈したほうが自然かもしれない。急にロンドンで背筋が凍る思いでした。 

怒るという感情:ぼったくりに直面して@India

Mithapurでのインターンも終わり最後2泊でアレクサンドラとLonavalaと旅した時のこと。Lonavala自体は非常に自然豊かな場所、ムンバイからバスで約2時間です。

Lohagad Fort


Karla Caves



また違ったインドを経験した旅行でした。要は何度も小さなトラブルに巻き込まれました笑。

1回目はLonavalaに行く長距離バスでのこと。バス到着地の案内は全てヒンディー語。よって私たちはバスの責任者に下車する場所を教えてもらわなければならないのですが、責任者が私たちに降りる場所を伝え忘れた(本人は、把握していた責任者が途中で下車してしまい知らされてなかったと言い張ったが)のです。バス乗車時に何度もLonavalaで降ろしてほしいと確認した私たちにとっては「!!!!」の出来事。それに気づいた時のアレクサンドラの怒りの爆発の仕方は見事。相手をまくしたてるように「怒り」、どうしたらいいのかを食ってかかる勢いで問い詰めたのです。

2回目はLonavalaに到着しオンラインで予約したホテルが見つからなかった時。落ちとしてはオンラインで公開していたホテルの名前がブランド名で実際の現地のホテルの名前とは違った。この交渉ではオンラインにのっていたホテルに何度も電話をかけ、同時に現地のホテルのスタッフと交渉することになりませした。1時間かかりました。この時は怒りというよりは、ややこしい事実を解きほぐす辛抱強さと、相手に都合の良いように言いくるめられない毅然とした態度が必要でした。

3回目はLonavalaでの観光のための1日タクシーを雇った時のこと。契約は「2箇所を800Rsで連れて行ってくれる」というものだったのですが、最後になって「予想よりも時間がかかったからもう200Rs必要」と過剰請求されたのです。最初から制限時間を言われていなかった私たちには寝耳に水でした。しかもそれを証明する彼らの業務ポリシー等があるわけでもなく、「彼らの業務ポリシーなのか、ぼったくられているのか」判断する材料がありませんでした。200Rs自体は大したお金ではないですが、だまされているのでは?と思うとやすやす払いたくない私たち。その時のアレクサンドラの対応も見事だなぁと。「Listen」から始まり、なんで私たちが払いたくないかを滔々と説明した後、でも感謝はしているからと半額渡しました。

そして4回目。ムンバイに帰ってきた際にバスターミナルからホテルまでのタクシー。運賃+荷物代( 25Rs/1 luggage)を請求されたのです。これも寝耳に水。事前に言われていたわけでもないし、タクシーに書いてあるわけでもないし、彼らの業務ポリシーなのかが全く判断できない。しかもこのおじちゃんは、アレクサンドラがいない時に私にこそっと「ポケットマネー20Rs」としれっとせがんできたので、ますます信用なりませんでした笑。アレクサンドラと二人で「No」と言い張り、その理由も付け加え、この時は追加で一銭も払いませんでした。

交渉術というか、相手に言いくるめられない彼女の態度には学ぶことが沢山あった。「怒る」ということは良くない感情だと私の中で固定観念があったのですが、コミュニケーションが不自由な相手との場合はむしろ「怒」の感情をストレートに出さないと真剣さが伝わらないし舐められてしまうことが多い。

私なら面倒くさいトラブルを避けたい+不自由なお互いのコミュにケーション+インドの仕組みがよく分からない等々から、こういう交渉をさけてしまうかもしれません。そもそも「怒」の感情をどう発散するか忘れてしまっているかもしれない気もします。

でも、そうなると舐められ続けるので(上限がない)、労力を惜しまない交渉は大切なのでしょう。彼女とインターン中に話した時に「人に嘘をつくこと」は彼女の人生のポリシーに大きく反すると話していたので、そういう信念もあったのかもしれません。

2016年8月24日水曜日

気ままな動物コレクション ver.2

こちらに住んでいると野生動物に出くわすことが日常になります。自分のベストショットがまた何枚か集まったのでver.2です。

農家さん家で飼われていた水牛。いつも草をむしゃむしゃ食べていますが、人やカメラには敏感で近づくと鼻息荒く緊張しているのが分かりました。


おなじ農家にて。小やぎかな?

ラクダ飼いに連れられているラクダたちを時々通りで見かけます。窓越しの写真しかないのが残念ですが、Mithapurあたりで見るラクダはミルクの為に飼われているそう。牛のミルクよりスムースで高級品らしい。


TCLのCharklaというSalt Worksで撮影した鳥。塩をつくる場所でもありますが多様な鳥の生息地にもなっているそう。

首の曲線が美しい。

長い足で歩く姿は何度見ても飽きません。

次はAhmedabad編。

ギャングスターの様な猿たち。公園で発見しました。

親子猿。(Photo by Aleksandra)

オウムたち。草と同じくらい鮮やかな緑色。


ネックレスをしている牛。